憧憬

 ※この文章には、性的な描写が含まれています。背後に気を付けて読んで下さい。

 (1)聖なる尻尾を捕まえろ

 ずっとあこがれていた。その綺麗な顔立ちに、その愛らしい衣装に、その魅惑的な声に。彼女の名前は羽丘芽美(はねおか・めいみ)。またの名をセイント・テール。アニメ『怪盗セイント・テール』の主人公だ。僕がそれを見ていたのは小学生の頃のことだ。(リアルタイムではない。)『怪盗セイント・テール』のあらすじは、中学生・羽丘芽美が怪盗セイント・テールに変身し、盗品を盗み、本来の持ち主に返すというものだ。

 その頃の僕は、自分が男性なのか女性なのか分からなかった。なぜなら、僕は「男性的な」格好いいものを好むどころか憎んでさえいたけど、男性である自分の体には愛着があったからだ。セイント・テールにあこがれる僕と、自分の体に愛着をもつ僕。僕のアイデンティティは揺らいでいた。


 (2)帰らざる橋

 何年もの時が流れ、大学生になっても、僕の可愛いものに対する情熱が消えることはなかった。そこで、僕は女装することにした。ところで、初めて女装するとしたら、あなたはどんな格好をするだろうか? それは人によって違うだろうけど、アイコンにも使っている通りうさぎを崇拝している僕は、バニーガール(ボーイ?)を選んだ。そんなわけで、僕はAmazonでバニースーツを注文した。注文確定のボタンを押した時、僕は何だか取り返しのつかないことをしたように感じた。


 (3)可愛さを身にまとえ

 2日後。ブロロロロとエンジンが稼働する音が聞こえるなり、僕は廊下を走り、玄関を開けた。違う。郵便局の車だ。ブロロロロ。玄関を開ける。これも違う。今度はゴミ収集車だ。ブロロロロ。開ける。違う、いや、違わない。今度こそAmazonの車だ。そこには、配達員のおじさんが立っていた。このおじさんは自分がバニースーツを運んでいたことなんてこれっぽっちも知らないんだと思うと、ちょっと後ろめたい気がした。

 僕は受け取った段ボール箱を、ガシッと抱え、ドカッと置き、ビリッと開け、中から袋を取り出した。袋の中には、うさ耳カチューシャ、えり、蝶ネクタイ、カフス、バニースーツ、バニースーツを吊るためのストラップ、ストッキングが入っていた。箱の中にはその他に、予備として買ったうさ耳カチューシャとガーターストッキングが入っていた。

 早速、僕はバニースーツ一式を身に着けた。玄関に向かい、大きな鏡に映る自分を見た僕は、自分のおちんちんがたっているのに気付いた。der、des、dem、den…。だめだ。ドイツ語の定冠詞を思い出しても収まらない。リビングに戻った僕は、バニースーツをずらし、自慰を始めた。


 (4)その男、変態につき

 僕がふと芽美のことを思い出すと、その想像上の芽美は僕の意思に反して話しかけてきた。
「つばめ君って、バニーガールの格好をして興奮する変態だったんだね。」

 ああ、確かに僕は変態だ。でも、変態と変態じゃない奴に何の違いがあるって言うんだ? 僕が女の服を着て興奮するのは僕がたまたまそう生まれたからだし、君が裸の男を見て興奮するのも君がたまたまそう生まれたからだ。可愛いものが好きな男をさげすむ、時代遅れの化石みたいな奴は未だにいる。そういう連中は、自分の言動で人がどう思うか想像する能力がないんだろうけど、ひとの好きなものも自分の好きなものも尊重して、自由と独立と己れとに充ちた現代を生きてほしい。それができない醜悪な連中は全員セントヘレナ島にでも送って、世界を可愛いものでうめつくしたい。

 僕はありったけの思いをぶちまけると、精液もぶちまけた。


 (5)罪と罰

 ずっとあこがれているつもりだった。その綺麗な顔立ちに、その愛らしい衣装に、その魅惑的な声に。でも、僕は羽丘さんが身にまとう可愛いものを「おかず」としか思っていなかったんだ。ああ。羽丘さん。すみません。すみません、すみません、すみません。私は初めから、あなたのファンでなかったと思って諦らめて下さいませ。

 賢者タイムとは恐ろしいもので、さっきまでHなことしか考えていない淫乱うさぎだった僕に、罪を自覚させた。僕は、けだるさを感じながらバニースーツを脱いだ。

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