虹色のモノクロ
この世界は白黒だ。「赤」という言葉も「青」という言葉も、ここでは意味をなさない。というのも、この世界は漫画の世界だからだ。主人公は譲という少年で、僕はその友達だ。
今日の1時間目は理科の授業だ。朝の会を終えた僕は、第二理科室へ向かい、背もたれのない椅子に座った。僕の隣には譲が座っており、教壇では内田先生が昔の話をしている。
「俺は名鉄瀬戸線という電車に乗ってて、その頃の瀬戸線は名古屋城のお堀を走ってたんだけど…」
早くも先生の話に飽きた譲が、僕に話しかけてきた。
「ねえアキ、昨日の9時前のニュース見た?」
「いや、見なかった。」
「駅前の八百屋におじさんいるじゃん。」
「ああ、あのいっつもサングラスかけてる人ね。」
「あのおじさん、ニュースに出てたよ。」
「あ、本当?」
「ええと、それじゃあ、このテーブルの周りに集まれ。」
内田先生の声が僕たちの話を遮った。
退屈な授業が終わり、生徒でごった返す廊下を歩き、勾配の緩い階段を下りると、一足先に理科室を出た譲と実の会話が聞こえた。
「あのさァ、いつまでアキをこの世界にいさせるの?」
「元の世界に帰すつもり?」
「そうだよ。」
「何で?」
「この世界が夢だって気付かれたらどうするの?」
「気付かないでしょ。」
「気付くよ。考えてみてよ。この世界はアキの夢だから、アキの知らないことは存在しないんだよ。そのことに違和感を感じてもおかしくないじゃん。」
「それはそうかもしれないよ。だけど、アキが現実でどれだけいじめられてるか、知ってるでしょ?」
「知ってるよ。…でも、俺はアキに嘘をつくのに耐えられない。」
ドサッ。話に集中するあまり、筆箱を落としてしまった。こっちを見た2人は青ざめた。僕たちは3秒ぐらい黙っていた。先に話したのは僕の方だった。
「ねえ、今、話してたことって、本当?」
「嫌だなぁ、本当なわけないじゃん。」
「そうだよ。本当だよ。君は漫画が好き過ぎるせいで、この世界に入り込んじゃったんだよ。」
2人は殆ど同時に答えた。
「ちょっと待って。考えさせてくれ。」
2人に背を向けた僕は、昇降口へ向かい、上履きを運動靴に履き替えた。砂煙を突っ切った僕は、草の生えた校庭の端に寝っ転がった。ザワザワザワ。木が揺れる。ヒーヨロロー。風に煽られながらとんびが飛ぶ。砂も草も木もとんびも、想像が生み出したとは思えないほど鮮やかだった。昇降口から出てきた譲と実が、僕のもとに駆け寄ってきた。実が僕に訊いた。
「ねえ、現実に帰る? それとも、ずっとこの世界にいる?」
僕はちょっと考えてから決心した。
「…僕、帰るよ。2人とも、仲良くしてくれてありがとう。」
そう言った時、視界が回り出した。
僕は、家の寝室にいた。布団を出た僕は、リビングへ向かい、手に取ったラジオの電源を入れ、チューニングを合わせた。いつものアナウンサーの声が聞こえた。もう10時を回っているらしい。
「ここで1曲お聴き下さい。群馬県神流町にお住まいのデトロイト天皇さんからのリクエスト。大瀧詠一で「君は天然色」。」
聴き慣れた歌詞を口ずさみながら、僕は譲と実のことを思い出していた。
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