ケモ耳十字軍

 この記事では、虎向こなたひゅうらの『僕のアニマルライフ』を読んで考えたことを述べる。

 主人公の英くんはうさぎになり、隣の家に住むエミちゃんに犯されることを選んだわけだが、これはなぜだろうか?

 セックスには肉体的な側面と精神的な側面があるから、セックスについて考える時には両者の違いに注目するのが重要だ。近代社会では肉体よりも精神が重んじられるけど、いくら精神を重んじても私たちが肉体から逃げられないのは確かで、これは英くんにとっても同じことだ。英くんは、エミちゃんにペニスバンドで犯された時に、一方では嫌がりながら、他方では肉体的な快楽を感じていた。英くんは、肉体的な快楽から逃げられなかったから、うさぎになることを選んだんだろう。

 ところで、もし肉体的な快楽だけがセックスの価値を決めるんだったら、どんな格好をしていてもセックスの価値は同じになるはずだ。だけど、僕たち読者は英くんのうさ耳に興奮しているわけだから、肉体的な快楽だけじゃなくて他のものもセックスの価値を決めていると考えられる。それじゃあ、英くんがうさ耳をつけたのは、精神的な快楽を手に入れるためでもあるんじゃないだろうか?

 私たちは、場合によってはエミちゃんを非難し、英くんをたたえることができる。なぜなら、ひとを犯すことは道徳にもとるからだ。そして、もしエミちゃんを非難するなら、反対に英くんは道徳的だということになる。従って、英くんは自分が道徳的な存在であることにも興奮しているんじゃないだろうか?

 追伸:「月明かりふんわり降りてくる夜は」という、夜通し自慰をし続けなくてはならないメイドロボの話もエッチでした。

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