日本語虎の巻(上)

 はしがき

 この文書は、21世紀初めの東京における日本語の文法を記述したものである。日本語の文法を記述した本は既に存在する。それにもかかわらず私がこの文書を書くのは、発展を続ける日本語学に更なる刺激を与えるためである。

 この文書の特徴は2つある。1つ目は、文法の記述における基礎的な単位として語ではなく形態素を選んだことである。これは、語という概念そのものに疑いが生じたからである。2つ目は、統語的な問題、形態的な問題と意味的な問題を厳密に区別したことである。その結果、動詞、形容詞と形容動詞は用言という同じ品詞として扱うことになった。ここで注意すべきなのは、動詞、形容詞と形容動詞の区別は意味をもたないわけではなく、形態論で扱うべき問題だということである。

 この文書には既存の学説に反する主張が時々あるが、私は既存の学説を全く無視したわけではなく、むしろ大いに参考にした。私に力をくれた数々の研究者に感謝を述べる。また、将来の研究者が日本語の変化と研究の進歩に合わせてこの文書を更新し続けてくれることを願う。


 第1章 発音

 第1節 母音

音素 音価
/a/ [a]
/i/ [i]、ただし無声子音同士の間、
若しくは語末かつ無声子音の後で[i゜]
/u/ [非円唇後舌狭母音]、ただし無声子音同士の間、若しくは
語末かつ無声子音の後で[無声化した非円唇後舌狭母音]
/e/ [e]
/o/ [o]

 第2節 子音

音素 音価
/k/ [k]
/s/ [s]、ただし/i/と/j/の前で[無声後部歯茎硬口蓋摩擦音]
/t/ [t]
/c/ [ts]、ただし/i/と/j/の前で[無声後部歯茎硬口蓋破擦音]
/n/ [n]
/h/ [h]、ただし/i/と/j/の前で[無声硬口蓋摩擦音]
/f/ [φ]
/m/ [m]
/j/ [j]
/r/ [歯茎弾き音]若しくは[l]
/w/ [w]
/g/ [g]、ただし話者によっては語中で[軟口蓋鼻音]
/z/ [dz]若しくは[z]、ただし/i/と/j/の前で
[有声後部歯茎破擦音]若しくは[有声後部歯茎摩擦音]
/d/ [d]
/b/ [b]
/p/ [p]

 第3節 特殊音素

音素 音価
/R/ 直前の母音を長く発音する
/N/ /a/・/u/・/o/・/s/・/h/・/f/・/w/の前で
[鼻音化した非円唇後舌狭母音]、/i/・/e/・/j/の前で[i~]、
/k/と/g/の前で[軟口蓋鼻音]、/t/・/c/・/n/・/r/・/z/・
/d/の前で[n]、/m/・/b/・/p/の前で[m]、語末で[N]
/Q/ 直後の子音を長く発音する

 第2章 品詞

 第1節 用言

 述語になる。以下の2つに分けられる。

  • 1項用言

     項を1つとるもの。
     (例)走る・落ちる・赤い・静かだ・徹底的だ

  • 2項用言

     項を2つとるもの。
     (例)書く・取る・食べる・見る・勉強する

 第2節 名詞

 後に格助詞が付いて、項や連用修飾語になる。
 (例)警察官・猫・車・ドア・日本・私
 「3個」や「たくさん」など、数量を表す名詞は、単独で連用修飾語になる。

 第3節 副詞

 単独で連用修飾語になる。
 (例)ゆっくり・とても・もし・多分

 第4節 連体詞

 単独で連体修飾語になる。
 (例)あらゆる・小さな・この・我が

 第5節 感動詞

 単独で文になる。
 (例)ああ・こんにちは・どっこいしょ

 第6節 助動詞

 節の後に付いて、意味を付け加える。以下の5つに分けられる。

  • 受動接辞

     用言のとる項を1つ減らすもの。
     (例)れる

  • 使役接辞

     用言のとる項を1つ増やすもの。
     (例)せる

  • 助動詞A

     テンスを表す助動詞の前につくもの。
     (例)たい・ない・ます

  • 助動詞B

     テンスを表す助動詞そのもの、若しくは、それと共存しないもの。
     (例)た・う・(命令形)

  • 助動詞C

     テンスを表す助動詞の前にも後にもつくもの。更に以下の4つに分けられる。

    • 助動詞C1

      助動詞Bの後につき、かつ、判定詞+「(終止形)」の後についた時に判定詞がなくならないもの。
       (例)そうだ(伝聞)

    • 助動詞C2

      助動詞Bの後につき、かつ、判定詞+「(終止形)」の後についた時に判定詞がなくなるもの。
       (例)だろう・かもしれない・らしい

    • 助動詞C3

      連体形語尾の後につくもの。
       (例)のだ

    • 助動詞C4

      連体形語尾か連体助詞の後につくもの。
       (例)はずだ・ようだ

 第7節 判定詞

 名詞の後に付いて、名詞を述語にする。
 (例)だ

 第8節 準体助詞

 節の後に付いて、節を名詞にする。
 (例)の・か

 第9節 副助詞

 名詞の後に付いて、意味を付け加える。
 (例)だけ・など

 第10節 接続助詞

 節の後に付いて、節を連用修飾語にする。以下の2つに分けられる。

  • 接続助詞B

     テンスを表す助動詞と共存しないもの。
     (例)て・ながら・ば

  • 接続助詞C

     テンスを表す助動詞の後につくもの。更に以下の4つに分けられる。

    • 接続助詞C1

       助動詞Bの後につき、かつ、判定詞+「(終止形)」の後についた時に判定詞がなくならないもの。
       (例)から・が・と(条件)

    • 接続助詞C2

       助動詞Bの後につき、かつ、判定詞+「(終止形)」の後についた時に判定詞がなくなるもの。
       (例)なら

    • 接続助詞C3

       連体形語尾の後につくもの。
       (例)ので・のに

    • 接続助詞C4

       連体形語尾か連体助詞の後につくもの。
       (例)時・ために

 第11節 格助詞

 名詞の後に付いて、名詞を項や連用修飾語にする。以下の2つに分けられる。

  • 文法格助詞

     名詞を項にするもの。後に係助詞がついた時に省略される。
     (例)が・を

  • 意味格助詞

     名詞を連用修飾語にするもの。後に係助詞がついた時に省略されない。
     (例)に・から・で

 第12節 係助詞

 名詞+格助詞の後に付いて、意味を付け加える。
 (例)は・も・さえ

 第13節 引用助詞

 文の後に付いて、文を連用修飾語にする。
 (例)と

 第14節 連体形語尾

 節の後に付いて、節を連体修飾語にする。
 (例)(連体形)

 第15節 連体助詞

 名詞(+格助詞)の後に付いて、名詞を連体修飾語にする。
 (例)の

 第16節 並列助詞

 名詞同士の間に付いて、名詞同士を繋げる。
 (例)と・や・か

 第17節 終助詞

 節の後に付いて、節を文にする。
 (例)よ・わ・か


 第3章 活用

 第1節 渡り音

  • 子音で終わる語の後に子音で始まる語をつける時は、間に"i"を入れる。
    • ただし、「ない」をつける時は"a"を入れる。
    • また、「まい」をつける時は"u"を入れる。
  • 母音で終わる語の後に母音で始まる語をつける時は、間に"r"を入れる。
    • ただし、意志の「う」をつける時は"j"を入れる。
    • また、「せる」をつける時は"s"を入れる。

 第2節 音便

 子音で終わる語は、音便語幹接続の語の前で語末の音が以下のように変わる。

基本語幹 k s t n m r w g b
音便語幹 i si Q N N Q Q i N

 第3節 不規則活用

  • 「行く」の音便語幹は、"ii"ではなく"iQ"である。

  • 「いらっしゃる」・「なさる」・「おっしゃる」・「ござる」は、「ます」の前で"iraQsjai"・"nasai"・"oQsjai"・"gozai"になる。

  • 話者によっては、「要る」の過去形"iQta"が使われないことがある。

  • 「くれる」は、「(命令形)の前で"kur"になる。

  • 「得る」は、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で"e"か"u"になる。

  • 「する」は、否定の「ぬ」の前で"se"、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で"su"、「れる」・「せる」の前で"s"、「べきだ」の前で"su"か"s"、それ以外の時に"si"になる。

    • 「愛する」など、漢字1文字と「する」からなる動詞は、音便語幹接続の語の前で"…si"、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で"…su"、「べきだ」の前で"…su"か"…s"、それ以外の時に"…s"になる。

  • 「来る」は、「ない」・「ぬ」・「う」・「れる」・「せる」・「(命令形)」の前で"ko"、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」・「べきだ」の前で"ku"、それ以外の時に"ki"になる。

  • 「良い」は、「(終止形)」・「(連体形)」の前で"jo"か"i"になる。

  • 形容詞は、「ございます」の前で語末の音が以下のように変わる。

    基本語幹 a i u o
    「ございます」の前 o ju u o

 第4節 活用形

  • 「(終止形)」は、動詞型活用の後で"u"、形容詞型活用の語の後で"i"、判定詞型活用の語の後で"da"になる。

  • 「(連体形)」は、動詞型活用の後で"u"、形容詞型活用の語の後で"i"、判定詞型活用の語の後で"na"になる。

  • 「(命令形)」は、子音で終わる語の後で"e"、母音で終わる語の後で"ro"、「来る」の後で"i"になる。

  • "n"・"m"・"g"・"b"で終わる動詞の後に「て」・「ても」・「た」・「たら」・「たり」をつける時は、"t"を"d"に変える。


 第4章 語形成

 第1節 派生語

  • 動詞が名詞になったもの。
    (例)使い方・話

  • 動詞が形容詞になったもの。
    (例)言いがちだ・食べやすい

  • 名詞が動詞になったもの。
    (例)汗ばむ・春めく

  • 名詞に意味をつけ加えたもの。
    (例)山田さん・1時間ごと

  • 名詞が形容詞になったもの。
    (例)大人っぽい

  • 形容詞が動詞になったもの。
    (例)多すぎる・恥ずかしがる

  • 形容詞が名詞になったもの。
    (例)厚み・長さ

 第2節 複合語

  • 動詞と動詞を合わせて、「AしてBする」という意味を表すもの。
    (例)通り過ぎる・持ち上げる

  • 動詞と名詞を合わせて、「AするB」という意味を表すもの。
    (例)置き傘・飲み薬

  • 名詞と動詞を合わせたもの。

    • 主語と述語を合わせて、「AがBする」という意味を表すもの。
      (例)声変わり・夜明け

    • 目的語と述語を合わせて、「AをBする」という意味を表すもの。
      (例)花見・人使い

    • 連用修飾語と述語を合わせて、「AにBする」・「AでBする」という意味を表すもの。
      (例)山登り・手書き

  • 名詞と名詞を合わせたもの。

    • 「AのB」という意味を表すもの。
      (例)猫耳・雪山

    • 「AとB」という意味を表すもの。
      (例)草木・手足

  • 形容詞と動詞を合わせて、「AのようにBする」という意味を表すもの。
    (例)長話・早歩き

  • 形容詞と名詞を合わせて、「AなB」という意味を表すもの。
    (例)嬉し涙・近道

  • 形容詞と形容詞を合わせて、「AでBだ」という意味を表すもの。
    (例)暑苦しい・細長い


 第5章 格

【が】
[語形]ga
[品詞]文法格助詞

  1. 主語。「子供が走る。」
  2. 対象。「君が好きだ。」

【を】
[語形]o
[品詞]文法格助詞

  1. 対象。「テレビを見る。」
  2. 通過点。「空を飛ぶ。」
  3. 起点。出発するところを表す。「家を出る。」

【へ】
[語形]e
[品詞]意味格助詞

  • 方向。「北へ進む。」

【に】
[語形]ni
[品詞]意味格助詞

  1. 着点。到着するところを表す。「学校に行く。」
  2. 場所。「池袋にいる。」
  3. 時間。「7時に起きる。」
  4. 動作主。動作を行う人を表す。「先生にほめられる。」

[補足]「2」は、述語が「ある」・「住む」などの存在を表す動詞である時に限り使われる。

【(助詞なし)】
[語形]φ
[品詞]意味格助詞

  • 時間。「昨日行った。」

[補足]期間を表す名詞や、発話の時点によって表す時点が決まる名詞の後に限り使われる。

【まで】
[語形]made
[品詞]意味格助詞

  • 着点。「駅まで歩く。」

【までに】
[語形]madeni
[品詞]意味格助詞

  • 期限。「金曜日までに提出する。」

【について】【に関して】
[語形]nicuite, nikaNsite
[品詞]意味格助詞

  • 話題。「好きなものについて話す。」

【に対して】
[語形]nitaisite
[品詞]意味格助詞

  • 相手。「生徒に対して注意を呼びかける。」

【にとって】
[語形]nitoQte
[品詞]意味格助詞

  • 受益者。影響を受ける人を表す。「周りの人にとって迷惑だ。」

【によって】
[語形]nijoQte
[品詞]意味格助詞

  • 動作主。「この本は夏目漱石によって書かれた。」

【から】
[語形]kara
[品詞]意味格助詞

  • 起点。「親から手紙を受け取る。」

【より】
[語形]jori [品詞]意味格助詞

  1. 起点。「東京より大阪に至る。」
  2. 比較の基準。「皇居より広い。」

【で】【において】
[語形]de, nioite
[品詞]意味格助詞

  1. 場所。「路上で歌う。」
  2. 手段。「鉛筆で書く。」
  3. 動作主。「自分で片付ける。」

【として】
[語形]tosite
[品詞]意味格助詞

  • 資格。役割を表す。「船長として命令する。」

【の】
[語形]no
[品詞]連体助詞

  1. 所有。「私のかばん。」
  2. 主語。「桜の咲く頃。」

【という】
[語形]tojuR
[品詞]引用助詞+用言

  • 名称。「寺村秀夫という学者。」

【と】【及び】【並びに】
[語形]to, ojobi, narabini
[品詞]と(1):意味格助詞
    と(2):並列助詞
    及び・並びに:副詞

  1. 随伴。一緒に動作を行う人を表す。「敵と戦う。」
  2. 並列。語句を並べる。「りんごとみかん。」

【と一緒に】【とともに】
[語形]toiQsjoni, totomoni
[品詞]意味格助詞

  • 随伴。「家族と一緒に行く。」

【や】【とか】【やら】【だの】
[語形]ja, toka, jara, dano
[品詞]並列助詞

  • 列挙。同じ役割をもつものをいくつか挙げる。「犬や猫。」

【か】【または】【若しくは】【あるいは】
[語形]ka, matawa, mosikuwa, aruiwa
[品詞]か:並列助詞
    または・若しくは・あるいは:副詞

  • 選択。「かつ丼か天丼。」

【だ】【である】
[語形]φ, dear
[品詞]判定詞
[活用]判定詞型

  • 断定。「僕は学生だ。」

 第6章 様々な構文

 第1節 比較構文

 【AはBと同じくらいXだ】

  • 同等。「サハリンは北海道と同じくらい広い。」

 【AはBよりXだ】
【BはAほどXではない】

  • 比較。「九州は四国より広い。」
       =「四国は九州ほど広くない。」

 【AはPの中で最も/一番Xだ】
【AはどのPよりもXだ】
【Aより/ほどXなPはない】

  • 最大。「北海道は都道府県の中で最も広い。」
       =「北海道はどの都道府県よりも広い。」
       =「北海道より広い都道府県はない。」

 第2節 恩恵構文

【てあげる】
[語形]teage
[品詞]接続助詞B+用言
[接続]音便語幹
[活用]動詞型

  • 遠心的な奉仕。「友達に本を貸してあげる。」

【てくれる】
[語形]tekure
[品詞]接続助詞B+用言
[接続]音便語幹
[活用]動詞型

  • 求心的な奉仕。「親がおもちゃを買ってくれる。」

【てもらう】
[語形]temoraw
[品詞]接続助詞B+用言
[接続]音便語幹
[活用]動詞型

  • 享受。ひとが主語のために動作を行うことを表す。「大工に家を建ててもらう。」

[補足]「あげる」と「もらう」は、「1人称>2人称>3人称」という階層で主語が左に、目的語が右にある時に使われ、「くれる」は、同じ階層で主語が右に、目的語が左にある時に使われる。

 第3節 難易構文

【やすい】
[語形]jasu
[品詞]助動詞A
[接続]基本語幹
[活用]形容詞型

  • 容易。動作が簡単であることを表す。「この服は動きやすい。」

【にくい】
[語形]niku
[品詞]助動詞A
[接続]基本語幹
[活用]形容詞型

  • 困難。動作が難しいことを表す。「この豆は箸でつかみにくい。」

 第7章 ヴォイス

【(ら)れる】
[語形]are
[品詞]受動接辞
[接続]基本語幹
[活用]動詞型

  1. 受身。対象を主語にする。「兄にたたかれる。」
  2. 自発。「昔のことが思い出される。」
  3. 可能。「この粘土は食べられる。」
  4. 尊敬。「先生が本を書かれる。」

[補足]受身文では対象が主語になる。ただし、間接受身文では対象以外のものが主語になる。

【(さ)せる】【(さ)す】
[語形]ase, as
[品詞]使役接辞
[接続]基本語幹
[活用]動詞型

  • 使役。ひとに動作を強制することを表す。「子供を歩かせる。」

 特集1 ヴォイスと格

 【AがBをXする】
【BがAにXされる】
 「太郎が次郎をたたく」
=「次郎が太郎にたたかれる」

【AがXする】
【PがAをXさせる】
 「子供が歩く」
→「親が子供を歩かせる」

【AがBをXする】
→【PがAにBをXさせる】
 「子供が野菜を食べる」
→「親が子供に野菜を食べさせる」

続く

戻る 目次へ