いつか大人になる子供

 初めに

 この記事では、星逢ひろ『君を連れていく船』を読んで考えたことを述べる。


 構成

 『君を連れていく船』は、「立入禁止区域」・「満天星(どうだんつつじ)」・「時計、鼓動、波打ち際」・「大人になれない夢をみる」・「小さな島の中と外」・「日曜自殺」・「放課後雨やどり組」・「オレの大将」・「袋おじさん」の9作からなる。

 そのうち、「立入禁止区域」から「小さな島の中と外」までの5作は「船」シリーズという作品群を構成していて、「日曜自殺」から「袋おじさん」までの4作は読み切りである。この記事では、「船」シリーズを扱う。


 登場人物

 東条 勉強もスポーツも得意。背が高い。先生と肉体関係にある。
 秀一 いつも晶を助けてくれる。幼い頃、義理の父に性的虐待を受けていた。
 晶  勉強もスポーツも苦手。立入禁止区域に船を隠している。
 3人は、孤児院の島で暮らしている。


 (1)そのままの君で

 秀一が大人になれない夢を見たとき、東条は秀一に「……大丈夫/生きてさえ/いれば/必ず大人になれる/から/体も/心も…/今は/ちぐはぐでも/いいんだよ」と言った。ところが、その3ページ後、東条は秀一を見ながら、「……/ホント/素直だ/なァ…/大人に/なって/欲しくない/くらいに」と言った。

 つまり、東条は秀一が大人になることを望んでいないのに、秀一の前では望んでいるような態度を取ったわけだ。なぜ東条は秀一が大人になることを望まなかったんだろうか? そして、なぜ東条はこのような矛盾した態度を取ったんだろうか?

 この問題の鍵は、「船」シリーズにおける大人とはどんな存在か考えることだ。

 「船」シリーズには、東条を犯す「先生」や、幼い秀一を犯した「義父さん」が登場する。つまり、「船」シリーズに出てくる大人は、3人を傷付ける存在だと言える。だから、秀一が大人になることを東条が望まなかったのは、秀一に自分たちを傷付けた大人みたいになってほしくなかったからだろう。

 また、秀一が大人になりたがっているということは、秀一は大人は素晴らしいものだと信じているということだ。従って、秀一が大人になることを望んでいるような態度を東条が取ったのは、大人は素晴らしいという秀一の夢を壊さないようにするためだと考えられる。


 (2)美しき地獄

 「船」シリーズの最後で、東条は「外から見た/あの島は/なんて美しいん/だろう?」と言った。この発言は、一見、島の景観をたたえているだけのように聞こえるけど、それだけじゃなくて他のことも表している。

 ここで、「なんだって/中と外とは/違う/どっちが/本当とか/正しいとかじゃ/なく……」という東条の発言に注目しよう。この2つの発言を合わせて考えると、東条は、この島は外観は美しいけど、内面は美しくないと思っているということになる。

 それじゃあ、なぜ東条はこの島の中は美しくないと思ったんだろうか?

 「船」シリーズは、全体が重苦しい空気に支配されている。その空気の正体は、明確には言及されていないけど、多分死に対する恐怖だろう。

 晶は、「知ってるよ…/オレたち/みたいに/「船」が/迎えに来ない/子供は…/学校を/卒業するまでに/連れていって/もらえなかった/子供は/大人になれない/まま…/この施設で」と言った。この発言は、連れていかれなかった子供が大人に殺されることを示唆している。このような惨劇が行われているから、東条はこの島の中は美しくないと思ったんだろう。


 (3)時間よ止まれ

 「船」シリーズにおける最大の謎は、なぜ東条は自分を嫌っていたのかだ。

 子供は、いつか大人になる。東条も、いつか大人になる。だから、東条が自分を嫌っていたのは、いつか自分が自分たちを傷付けた大人になるからだと考えられる。

 ここまで考えれば、なぜ東条は秀一と晶を置いて1人で船に乗ったのかという謎も解けるはずだ。

 つまり、僕が言いたいのは、東条が1人で船に乗ったのは、大人になった自分が秀一や晶を傷付けないようにするためだということだ。

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